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Sound Of Silence -reports from darkroom by M.Niijima- |
Thursday, July 07, 2005O friends, no more these sounds!
日が空いてしまいましたが、特別な想いのある楽曲シリーズの3番目です。
L.V.Beethoven/Symphony No.9 ベートーヴェン、ニ短調交響曲第9番。いわゆる「ダイク」「合唱(付き)」というやつです。 クラシック音楽なんて、学校の音楽の授業で聴く、退屈極まりないものでした。しかし14、5歳のころカール・ベーム指揮のこの第9交響曲を聴き衝撃を受けました。もちろん年末になるとやたらに聴く機会が多くなるこの曲。有名な「歓喜」の旋律など知ってはいたものの、全楽章を通じて集中して聴いた最初の機会でした。 ベートーヴェンの絶頂はハ短調第5交響曲(俗名、運命)だと思います。いかにシンプルなモティーフの重層的な運用からテーマを繰り出し、それを理路整然と展開していくのか。交響曲という造形芸術の最高峰に到達した曲です。以降、聴覚をどんどん失いながらも作曲を続けたベートーヴェンは、音楽の音のみによる表現から、その幅を広げ、音から人の経験、記憶を基にイメージを広げさせる標題音楽への試みを始めとして、造形性の追及から精神性の追求へと深く深く潜行していきます。 第9交響曲は彼の最後の交響曲であり、その精神性の追求が最高度に達した曲だと思います。これ以上にないくらいに単純化されたモティーフから発する第一楽章第一主題のもつ圧倒的なエネルギー量。音楽がこんなにも楽しく弾む第2楽章スケルツォ。次代を呼び出すほどのロマンティックな第3楽章アダージョ。などなど素晴らしい魅力に富むこの交響曲ですが、なんといっても当時心を奪われたのは第4楽章での合唱との融合でした。 特に終盤(今となっては、それが2重フーガという手法で書かれたものだと解るのですが)オーケストラと合唱が生成する「綾」のような複雑なラインの交識。そこから湧き上がるパワーに圧倒され、クラシック音楽は決して退屈なものではないと開眼したのでした。 以降、このような交響曲と合唱が組み合わさった楽曲を探し、マーラーに出会い(最初に聴いたマーラーは第2交響曲でした。確かに合唱が導入されているのですが、全編を通じての深い鬱感から、かなり面くらいました。)、そしてクラシック音楽の深みにハマってしまったのです。 話しを第9交響曲に戻しますが、この曲はLPレコードで2種(ベーム指揮/ウィーンフィル、フルトヴェングラー指揮の超有名盤)、CDで3種(バーンスタイン指揮/ウィーンフィル、クルト・マズア指揮/ライプツィヒ・ゲヴァントハウス管、シノーポリ指揮/ドレスデン国立歌劇場管=アマゾン・リンク無し)と買い漁ってます。 最初に聴くならばバーンスタイン盤をお勧めします。これはベートーヴェン交響曲全集をウィーンフィルと録音したうちの盤ですが、ウィーンフィルがすごくいい。そして独唱陣がほんと素晴らしいです。とくにバス担当のクルト・モルの深い声には痺れます。個人的にはマズア指揮のゲヴァントハウス管の渋い音色が大好き。シノーポリ盤は(1996年の収録だが)録音が最低なのでやめましょう。 1824年に完成したこの第9交響曲、同年5月7日にベートーヴェン自らの指揮で初演されます。演奏後観客の大喝采。初演は大成功を収めました。しかしベートーヴェンは自分に向けられたその喝采に背を向けたままでした。彼の聴力はそこまで衰えていたのです(指揮を振れるのが不思議)。見かねたソプラノ独唱者が、彼に近寄りそっと振り返るよう促しました。 ベートーヴェンはその3年後「諸君、喝采を。喜劇は終った」という言葉を残して息を引取ります。 Archives(previous archive links)
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