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Sound Of Silence -reports from darkroom by M.Niijima- |
Friday, October 07, 2005Well, what is this?
ここのところ忙しく日記も全然書けぬまま10月も1週間過ぎてしまいました。
さて、下の写真に写っている謎の物体は、楽器です。 ![]() これは編鐘という古代中国に存在した楽器のレプリカ(演奏可能)です。ご覧のとおり、沢山の鐘が付いており、それぞれの大きさが違うことより、ひとつひとつの鐘の音高が違います。すなわちメロディを奏でることができるのです。西洋では、このように複数の音高が違う鐘が組みになった楽器をカリヨン=Carillonと呼んでいます。 編鐘は紀元前5世紀ごろには存在していた古楽器で、身分の高い人の墓に、埋葬者とともに埋められていました。中国全土から発掘された編鐘は400から500を数えると言われています。 しかし時が過ぎると漢の文帝(紀元前2世紀後半)や魏の武帝(3世紀後半)らが、大量に青銅を使用するこの楽器の生産を中止させたので、絶えてしまったのです。生産を止めさせた理由は軍事強化のためです。 さてこの編鐘ですが、日本のお寺にある鐘と同様、丸太棒で突き、音を出します。また非常にユニークな特徴として鐘の真ん中を叩いた場合と、側面を叩いた場合で、音程が変わり、その差がきちんと長三度か短三度に調律されていることです。このことで非常に複雑な音階なども演奏が可能だったようなのです。因みにこの時代の中国には既に、僕たちが日頃馴染んでいるドレミファ、すなわち12音平均律に近い12音階を持っていたことも解っております。すなわちこの楽器で現代の曲を演奏することが可能なわけです。 ところで当時はどのような楽曲が、王侯貴族たちの夕げで演奏されていたのでしょうか? たいへん興味があります。 発掘され、発見された編鐘の中で、最大級のものが「曾侯乙の墓(そうこういつ)」から出土した65個の鐘のついたセットであります。そしてその編鐘の傍らから発掘されたものには、たて笛、太鼓、笙、25弦の琴の一種など、たくさんの楽器があり、それらでアンサンブルされた音楽が奏でられていたことが解ります。そして曾侯乙本人の骨以外に、13歳から25歳の女性の骨も21体分出てきたそうです。これらは曾侯乙の侍女と音楽と舞をつかさどる人たちのようで、すなわち殉葬者ということです。 Archives(previous archive links)
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