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Sound Of Silence -reports from darkroom by M.Niijima- |
Sunday, January 15, 2006a false photography
第1回のグループプリントエクスチェンジで使用した作品「かえれない」について。この作品はいままで僕が撮ってきた写真とは傾向が異なるものになりました。ライブ写真はもちろん、ストリートスナップというわけでもありません。まぁ、ストリートスナップの延長線上にはあるのでしょうが、街の概観や、そこに居る人々の営みを撮ったわけではありません。
実はこれ、娘を公園で遊ばせているとき、ふと目にしたものに惹かれ、そのとき抱えていたカメラで撮りました。主題は枯葉なのですが、公園の砂場(最近は動物の糞尿対策のため、子供たちが砂場で遊んだ後、親が備えてあるブルーシートをかけて帰るというルールがあります)に半分だけかけられたブルーシートの上に溜まった枯葉を見て、ああ、かえれない、と思ったのです。 枯葉は、その幹を中心に、張った枝の下周辺に落ち、風に流されたりするものの、さらに朽ちてゆき、いづれは土に還るもの。でもブルーシートという人工物質のうえに降った葉は、朽ちても決して土には還れないと思ったのです。もちろん、このブルーシート上の枯葉はそこにずうっと留まるものではなく、ほとんどが風に飛ばされるでしょう。しかし都市郊外の児童公園の一角から飛ばされた枯葉は、脇を通る狭い街路の隅に溜まり、近所の方に掃かれてしまいゴミに出されるか、粉々になった後、風雨に流され下水管へ落ちてゆくか、まあそんな程度でしょう。 だから「かえれない」。 ところでブルーシートというものは僕にとって忌むべき存在。実際は丈夫ですし、いろいろ役に立つものなのですが、それでもあの色と質感を街中で見てしまうと... いつのころからでしょうか、生まれ育った東京という街は美しくないと思い始めたのは。公害やらゴミだとか、そういったものではなく、無節操な景観に対して拒否反応を催してしまうのです。 ところが最近、そんな無節操な街にも、ああ、いいじゃないと思えるような光景を感じることができるようになりました。それらは、街が作り出した線や面の組み合わせだったり、そこに人々が絡んだときの面白さだったり。そうしてそれらの存在が写真を撮る僕をストリート・スナップに向かわせたのでした。と言うより、写真を始めたことで、そのような視線が生まれたのでしょう。 それでも依然街が発信する色には、いいじゃない、どころか全然だめ。垢抜けない嘘っぽさや、店舗、広告看板の類には辟易としてしまいます。 例えば駅前から目に飛び込むアクリル製の赤い看板の隣に、平然と並ぶ黄色い看板... とは言え、僕も娘と一緒にマクドナルドへ行きハッピーセットを頼んだり、マツモトキヨシで安くなったシャンプーを買ったりと、便利に利用させてもらっています。しかしそういった消費生活を営むのとは別に、それらの姿を忌む自分がいます。その自分の一側面が色という情報で街を捉える=写真を撮るという行為をも避けているのです。 「かえれない」では嫌いなブルーシートの上に積もった枯葉を撮っています。ところが白黒写真では基本的にこのシートの色は中間グレーで表わされます。またビニールの質感ですが、テカテカする部分、すなわちハイライトにあたる部分の輝度を落とし込めば、質感は殺せると考えたのです。プリント時に実際にはその部分を焼き込んだりはしませんでしたが、全体的に暗いほうへシフト、すなわちより多く露光することで、求めていた絵を得ることができました。 さて、写真という視覚情報を伝えるための媒体は、より写実的である必要があるでしょうか? その必要がある写真もあれば、そうではない写真も存在してよいと考えています。 そもそも白黒で写実的というのは、カラー写真や動画が存在する今日においては、視覚情報を伝えるための媒体として、充分なものではないのです。 僕はいままで避けてきた色や質感を伴った素材を、あえて被写体に選び、それらを白黒写真として撮ること。都市に在る素材を利用して、ごく平凡なものでも、嘘をついて、美化する。そういう写真を撮ってゆこうと決心したのです。 そしてタイミングよく訪れた第1回グループプリントエクスチェンジの機会に、僕自身がこの方向に向かう決意として、この「かえれない」を参加作品としてグループの方々に送付させていただきました。
Comments:
ボクはもしかしたらタイトルを知る前にプリントを拝見させていただいた数少ない1人かと思うのですが、その時の印象は「上品」。後にタイトルの「かえれない」を聞いたときの印象は正直「?」でした。こうして改めてNiijimaさんがこのプリントの背後に抱く物語を知ると、なるほど、と思うと同時に、写真の持つ異なる側面というのにも気付かされます。
というのも、プリントを拝見させていただいた際にブルーシートだとお聞きしたのですが、プリントの色調もあってまるでそれとは分からなかった。それだけ上手に写真が嘘をついていたと同時に、ブルーシートにまつわるNiijimaさんのメッセージをボクは受け取れていなかったわけでもあります。 あるいは、鮮明なカラーでブルーシートを告発する事が、「かえれない」のメッセージをより強く伝えるのかも知れないし、一方では嘘をつき美化する事が、この作品のようにブルーシートをさえ上品に見せる。 そこに相反する二つの意図があって、それを両立するのが難しいとき、どちらをどう選び、どう自分の中で消化するのかというのもまた、写真が写実性を持ち、同時に写実性を期待されるがゆえに上手な嘘をつき得る事のジレンマかも知れませんね。
karipeeさん、ありがとうございます。
そうですね。見ていただいたのはグループエクスチェンジに送付する前でしたからね。あのときはタイトルも言いませんでしたし、ブルーシートと最近の公園事情の説明はしたかと思いますが、これを撮った動機についてはご説明しませんでしたね。 そして「うわっ、これはキレイだなぁ」って仰ってくださったのですが、それを伺って内心「うしし」とほくそ笑んでいたのです。 ところで仰るとおりカラーで、より現実的に、枯葉とテカテカするブルーシートを対比させるほうが、メッセージとして解りやすいですよね。そして初見の印象から、「かえれない」という物語への発展に行き着かなくても「なにかあるな」と思わせることができると思います。でもこれは対比によって気付かせる告発ではなく、どうしようもなく存在しているそれらとの(たいへん大袈裟ですが、)共生を、少なくとも自分自身に認識させるような行為。それは強い印象で(カラーで)でぐぐっと迫るより自分らしいやりかたであるかなと思っています。 そうそう、嘘は自分自身に対して吐きたいのかも。 Post a Comment << Back to the top of diary Archives(previous archive links)
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